年齢が上がってくるにつれて「歩き方がおかしい・もの忘れが多くなった・トイレが間にあわない」と自覚したり、他人から指摘されたりすることは多くなってくるものと思います。年齢のせいとして見過ごされがちですが、その中には水頭症と呼ばれる脳疾患が関わっている場合があり、治療により改善が期待できる場合があります。今回は一之瀬脳神経外科病院で診断・治療している「正常圧水頭症」について説明します。
脳や脊髄のまわりは脳脊髄液(髄液)によって満たされ、保護されています。髄液は脳室と呼ばれる空間で産生され、脳や脊髄を循環した後に吸収されますが、何らかの原因で吸収が正常に行われなくなり、脳室に髄液が過剰に貯留して生じる病気が水頭症です。特別な原因なく生じる特発性の水頭症と、くも膜下出血や外傷など他の疾患に続いて生じる続発性のものとがあります。続発性の水頭症の場合は先に起きた脳疾患の治療で脳神経外科を受診・通院している場合も多く、発見されやすいですが、特発性の水頭症の場合は先行する疾患がないため、誰にも気づかれず進行していくことが多いとされます。過去の研究では高齢者のうち約1%(30~40万人)が特発性正常圧水頭症を発症していると報告されておりますが、そのうち病院を受診して診断に至っている人は10%にも満たないと言われております。そのため、歩きが悪くなり、もの忘れや尿失禁が数ヶ月単位で進行してきた方やそのご家族は、それを年齢のせいと決めつけず水頭症を発症していないか、医療機関に相談することが大切です。
1.診察所見
「歩行障害・尿失禁・もの忘れ」を水頭症の三徴候と呼びますが、症状が全て揃っている方は50%程度で、歩行障害だけの方も珍しくありません。
・歩行障害
初発症状で最も多く、90%の方に症状があります。小刻み歩行、すり足歩行や、両足の幅が広がる開脚歩行が特徴です。
・尿失禁
頻尿や尿意切迫感で始まります。進行すると認知機能低下と合わせて自覚なく失禁するようになります。
・認知機能低下
注意力低下やもの忘れを生じます。しばしば他の認知症との区別は困難ですが、進行がやや早い (1ヶ月単位で進行する)場合は水頭症の可能性があります。
2.頭部画像検査
CTやMRI検査を行い症状の原因となる他の疾患がないか、また水頭症に特徴的な所見がないかを評価します。水頭症では脳室の拡大を認めるほか、脳表の空間が頭頂部で狭くなり、他の箇所で広くなるという特徴を認めます(所見の頭文字をとってDESH:デッシュと呼ばれます)。
3.髄液排出試験 (タップテスト)
症状と画像所見で水頭症が疑われる場合に実施します。局所麻酔を用いて、腰の骨の間に細い針を通し、脊髄から髄液を排出することで症状の改善度合いを調べます。髄液を排出して症状の改善が明らかであれば、治療による改善が期待できます。
水頭症は薬で治すことは困難であり、貯留した髄液を別の場所に逃す手術(シャント手術)が必要です。
VPシャント術(脳室-腹腔短絡術)
頭蓋骨に小さな穴を開け、カテーテルを脳室から皮膚の下を通してお腹へ挿入・留置することで髄液を逃す手術です。
LPシャント手術(腰椎-腹腔短絡術)
腰の骨の間から脊髄にカテーテルを挿入して、お腹へ髄液を逃す手術です。VPシャントと異なり頭を切らずにすむため負担が少なくなる利点がありますが、背骨が曲がっている方などでは挿入が難しい場合もあります。
VAシャント術(脳室-心房短絡術)
カテーテルを心房内に留置して髄液を逃す手術です。腹部手術歴などで腹腔にカテーテルを入れるのが困難な場合に用いられます。
いずれの治療も手術時間は2時間程度で終了します。シャントカテーテルは体内に留置されますが日常生活に影響が出ることはほとんどなく、治療後にMRIなどの検査も可能です。
正常圧水頭症は見逃されやすい疾患ですが、適切な診断・治療で改善が得られる疾患でもあります。歩行障害が最も改善が期待できる症状ですが、認知機能低下も通常の認知症と異なり治療で改善する可能性があるため「治せる認知症」として啓蒙されています。ご自身・ご家族の歩き方やもの忘れが気になる場合には、年齢のせいと決めつけず、ぜひ一度当院にご相談下さい。
一之瀬脳神経外科病院 脳神経外科
一之瀬 峻輔
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